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福岡地方裁判所 昭和50年(ワ)329号 判決 1980年6月05日

原告

大牟田市

右代表者市長

黒田穣一

右訴訟代理人

水崎嘉人

外四名

被告

右代表者法務大臣

倉石忠雄

右指定代理人

福岡右武

外九名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一億四一〇六万円及びこれに対する昭和五〇年四月二二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告大牟田市

原告は福岡県の西南端に位置し、面積79.41平方キロメートルにして、明治二二年に町制、大正六年に市制を施行、昭和四八年当時の人口は一六万九〇〇〇人を数え、三池炭鉱を中心に関連産業の大工場群を擁する重化学工業都市である。

2  電気ガス税及びその非課税措置

電気及びガスに対する消費税は昭和一七年電気瓦新税法(法律第五八号)により国税として創設されたが、昭和二一年に廃止された。その後相当数の地方公共団体において法定外独立税として賦課徴収されていたが、昭和二三年地方税制の改正(法律第一一〇号)により都道府県税となり市町村はこれに付加税を課していたが、ついで昭和二五年地方税法の全面改正(法律第二二六号)により市町村の独立税となつた。その際、例えばアルミニウム、石炭等の製造、採掘業務に使用する電気に対し非課税とした(地方税法四八九条一項、二項―昭和三七年法律第五一号による改正以降)。なお電気ガス税は、昭和四九年法律第一九号による地方税法の改正において、電気税とガス税に分離された。

原告においては昭和二五年九月九日大牟田市市税条例を制定し電気ガス税を徴収している(但し、現在の大牟田市市税条例では、電気ガス税は電気税とガス税に分けられている。)。

原告大牟田市における昭和四五年度から昭和四九年度までの五か年間の電気ガス税の課税額及び右非課税措置による非課税額は別表1のとおりである。

3  非課税措置の違法性

被告国は、地方税法四八九条一項、二項により、地方公共団体が同条同項に定める特定産業の産業用電気の消費に対する課税を行うことを禁止している(非課税措置)が、右立法は憲法九二条並びに一四条に反する無効のものである。

(一) 憲法九二条違反

(ア) 日本国憲法は、地方自治が憲法の基調たる国民主権、民主主義の実現のために欠くべからざるものであることに鑑み、第八章において「地方自治」と題し九二条ないし九五条の四か条の規定を設け、地方自治に憲法上制度としての保障を与えた。そして憲法九二条は地方自治の原則を規定するが、そのいわゆる「地方自治の本旨」とは地方自治制度の本質的なもの、換言すれば地方公共団体が地方住民の住民自治に基づき団体自治を通してその固有の事務を完全に果たすための権能を保有することをいうのである。この権能の最も重要なものは自主財政権である。しかして地方公共団体の財源の根幹を占めるものは租税であることよりすれば、これを賦課徴収する権能すなわち課税権は自主財政権の中核をなすものである。したがつて地方公共団体が地方住民に対し有する課税権の保障こそ正に地方自治の本旨を形成するものである。

以上の意味において憲法九二条は地方公共団体に自治権の内容として課税権を保障したものであり、地方公共団体の課税権は憲法九二条より派生する地方公共団体の固有の権能である。

(イ) このように地方公共団体に固有の課税権が認められる以上憲法八四条の「法律」には条例を含むと解すべきであり、地方税においては、むしろ地方住民の代表者の議決による条例によつて課税されることこそ租税法律主義の忠実な実現というべきである。

憲法九二条により法律で定められる地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、これを地方税制についていえば、地方公共団体が地方住民より賦課徴収する租税は、本来地方公共団体の財政の中核をなすものであることは国の財政における租税と全く同様であるから、地方公共団体の自主財政権を損うことのないよう課税権を保障するものでなければならないのである。そのためには第一に、地方公共団体の租税をいかなる税源に求めるかはその地方公共団体の実情に即して地方公共団体が自主的に決定することが保障され、第二に、地方公共団体自らの意思でその税目、課税客体、課税標準、税率等の内容が決定されることが保障さるべきである。このような観点からすれば地方税法はもともと地方公共団体の課税権を保障するために定められる性格のものであつて、これを制約するがごときは許されないものである。地方税について法律が定めうる事項は、例えば国税・地方税間の税源の調査に関する事項や、地方公共団体相互の税源、税制の調整等の大綱的事項に限られるべきである。

(ウ) 地方税法四八九条一項、二項は、特定産業の生産用電力の消費について、地方公共団体の電気ガス税の課税を禁止するものである。電気、ガスの消費に対し課税する電気ガス税は税法理上も地方税として適切なものとされ、市町村の税源として貴重なものである。同条における特定産業に対する生産用電力消費についての課税の禁止は、前記調整の範囲を超え、特定の税源からの課税を禁じ、租税の内容等についての地方公共団体の自主的な決定を制限するものであつて、地方公共団体固有の課税権ひいては自主財政権を侵害し、憲法九二条の保障する地方自治の本旨に反する違憲の立法であり無効のものである。

(二) 憲法一四条違反

憲法一四条は、すべて国民は法の下に平等であると宣言し、社会的身分により経済的関係において差別されないとしているが、経済的差別の禁止とは納税の義務等を含む一切の国民の経済生活面における法の下における平等を要求したものである。

租税は、社会共同の費用の負担部分との観念よりすれば、地方税は地方公共団体の営む諸活動に要する費用の負担部分というべきであるから、その地方公共団体の住民は私人たると法人たるとを問わず等しくこれを負担すべきものである。そして電気ガス税は、電気、ガスの消費につき課している消費税であるから、消費の量に応じて課税することがもつとも租税負担についての平等の原則に合致するものである。したがつてこれに反するような課税の取扱いは、国民の納税義務の不平等をもたらすものといわなければならない。電気ガス税に関する地方税法四八九条一項、二項の非課税措置は、特定の製造に使用する電気の消費につき規定されているが、実質的には特定企業の電力消費につき税負担を免除することに帰する。これらの特定企業は地方公共団体の住民たる地位を有するものであるから、地方税の負担については他の住民と等しく税負担をすべきであるにかかわらず、これを右の規定によつて優遇することは憲法一四条にいう「社会的身分」を理由として「経済的関係」において不平等に取り扱うものといわなければならない。

4  被告国の責任

(一) 地方税法四八九条の非課税措置を含む地方税法は、昭和二五年七月一二日内閣から国会に提出され、同月二二日衆議院、同月三一日参議院において可決成立したものであるが、内閣及び国会は、立法をなすにあたつては、法案の作成過程においてもまたその審議過程においてもあらゆる角度から検討してこれが違憲にわたることのないように注意すべき義務があるのに、これを怠り、前記のとおり憲法に反する右規定を含む地方税法を制定した。

(二) 仮に地方税法四八九条一項、二項の規定が戦後の経済復興の必要上特定産業の保護育成のため必要があり、したがつて制定当初においては右措置に一応の合理性が考えられたとしても、わが国が高度経済成長をとげた昭和四〇年頃以降においては、もはやその合理性は全く失われるに至り、右非課税措置の違憲性は益々顕著となつたものである。ところで、内閣及び国会は、一旦法律が制定された後も社会事情や経済状態の変動により法律が違憲の状態を生ずることのないよう注意し、違憲の状態となつた法律はこれを改廃すべき義務があるというべきである。しかるに内閣及び国会はこれを怠り右のとおり違憲となつた右規定につき何ら改廃する措置をとつていない。

(三) 原告は、このように内閣及び国会による違憲の立法又は違憲の状態になつた法律の改廃措置の懈怠により、憲法九二条によつて保障された原告大牟田市に固有の課税権を違法に侵害され、その結果後記損害を蒙つたものであるから、国家賠償法一条一項により被告国は原告に対し右損害を賠償すべき責任がある。

5  原告の損害

原告は、本件非課税措置がなかつた場合に賦課徴収しうる電気ガス税の課税が事実上不可能となり、このため右課税による得べかりし税収入を失い同額の損害を蒙るに至つた。

原告が、大牟田市市税条例所定の電気ガス税についての税率に従い、本件非課税措置の対象とされている製品の製造にあたつている特定企業の電力消費に対し課税すれば、昭和四五年度から昭和四九年度までの課税額は別表1D欄記載のとおりであり、その合計は金二七億九八四四万七〇〇〇円となる。そのうち、昭和四八年度(昭和四八年二月一日から同四九年三月末日まで、以下単に昭和四八年度という。)における電気ガス税の税率、本件非課税措置の対象となつた電気消費量、これに課税した場合の課税額等は別表2のとおりであり、その非課税品目ごとの内訳は別表3のとおりである。

6  結論

よつて、原告は被告に対し前記損害のうち昭和四八年度分金五億六四二四万一〇〇〇円の四分の一に相当する金一億四一〇六万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五〇年四月二二日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、原告が福岡県の西南端に位置する面積79.41平方メートルの市であること、明治二二年に町制、大正六年に市制を施行し、昭和四八年当時の人口が一六万九〇〇〇人であることはいずれも認める。その余の事実は不知。

2  同2の事実中、昭和四五年度から昭和四九年度までの原告大牟田市における電気ガス税の課税額及び非課税額は不知。その余の事実は認める。

なお、電気ガス税における産業用非課税の制度は、昭和二三年の地方税法の改正以来認められているものであるが、その非課税の対象となる製品等の品目については変遷がある。

3  同3及び4における原告の法律上の主張は争う。

4  同5の主張は否認ないし争う。

三  被告の主張

1  原告は固有の課税権を有しない。

原告は、憲法九二条を根拠として、これにより固有の課税権が承認されているとの前提で、その課税権が地方税法四八九条一項、二項により侵害されたとして、被告に対し損害賠償を求めている。そして、その固有の課税権なるものは、抽象的一般的な課税権ではなく電気ガス税についての課税権であつて、これが国でも道府県でもなく、市町村そのものに固有に帰属しているとの主張と解せざるをえない。しかし、仮に原告の右主張を認めれば、原告は地方税法の右規定にもかかわらず、なお条例により課税する権利を有するはずであり、地方税法の規定により課税権を侵害されたというのは自己矛盾であり主張自体失当であるが、更にその主張する憲法上の固有の課税権自体以下に述べるとおり認められるべきではない。

(一) 憲法九二条が、地方自治を制度として保障したもの、すなわちいわゆる制度的保障を定めた規定であることは、原告も認めるところであるが、このことは、憲法の同条項は、わが国地方行政の基本的な類型ないし定型としていわゆる地方自治制度が立法府の立法において採られ保障さるべきことを命じているということにすぎない。すなわち、それは地方自治制について制度としてこれを廃止すべからざる旨を立法府に対して命ずる規定であつて、地方自治法に基づいて現存する特定の具体的地方公共団体の存立そのものが憲法によつて直接保障されているものではないし、また、特定の具体的地方公共団体が憲法によつて直接に自治権とか、その一内容である課税権とかが賦与、承認されているわけではない。

つまり、特定の具体的地方公共団体自体及びその権限(課税権を含む。)は、憲法九二条に基づく「法律」(現行法でいえば地方自治法、地方税法等)によつてはじめて成立ないし授権されるというのが現行憲法下の法的構造なのである。

原告の主張によれば、一体、憲法関係条規の解釈上、電気ガス税の課税権がなぜに地方公共団体に、しかも市町村に賦与されているといえるか、という問いに答えることはできないのみならず、原告が制度的保障説に立ちながら、地方公共団体が憲法上固有の課税権を有するとの主張は、憲法が課税権を直接に承認ないし賦与するにもかかわらず、そもそもその名宛人たるべき団体の種類、範囲が憲法自体では定まつていないという結論を承認することであつて、極めて奇妙なことであろう。

(二) 以上のとおり憲法九二条の解釈につき制度的保障説に立脚しつつ、原告主張の課税権を認めることはできない。そこで原告は制度的保障説を採るとはいいながら、地方公共団体は本来国から独立した固有の自治権(課税権を含む。以下同様)を有するとの考え方(固有権説)に基づいてその主張をなしているものと考えざるをえないが、次にみるとおり憲法上固有権説を承認することはできない。

(ア) 地方公共団体の自治権は、会社・組合その他民事法上の団体の自治的運営と異なり、その法的性質は統治権そのものにほかならない。地方公共団体の自治権をもつて、国家から独立した地方公共団体固有の権利とすれば(憲法九二条が直接にそのような権利、すなわち固有権を認めているものとすれば)、国家内部に、国家の統治権と並存しつつ、これから伝来・派生するのではない別個の統治権(区域、人及び内容について限定はあるものの)が存在することになる。そのような公法状態の並存は、単一国家の法的構造と相容れないものというべきである。ただし、連邦国家構成をとる国家であるならば事情は異なるであろうが、日本国憲法が地方公共団体に、連邦国家における支分邦に相当する地位を与えているとは到底考えられないところである。

(イ) 次に、憲法九二条についての起草者・内閣側の意思、すなわち(かかる意味での)いわゆる立法者意思をみると、それは固有権説に立つものでなく、日本国憲法制定の際の立法者意思は、地方公共団体の自治権について、むしろ、国から授与されたものであるとする、いわば伝来説の立場で、「地方自治の本旨」を理解していたのである。

特に地方公共団体の課税権については、昭和二一年九月二五日の第九〇回帝国議会貴族院委員会において次のような質疑がなされていることを見逃すことができない。

「佐々木惣一 国家の詰り租税は法律で以て定めると云うことに相成りました。その租税は国税だと云う御解釈でありましたが、この地方公共団体が課します租税と云うものも、これもどうしても、それは地方公共団体自身が直接では課し得ないのであつて、国家から地方団体にその租税を取り得ると云う権能を認めなければ課せられぬ。これはそう解釈して宜しゅうございますね。

国務大臣金森徳次郎 左様に考えて居ります」

以上から明らかなように、課税権が地方公共団体の固有権であるというような考え方は、立法者意思からは否定されており、要するに、地方公共団体の固有の自治権という考え方は採られていなかつたのである。

(ウ) 実質的な面から考察しても、今日の経済社会においては、生産・流通の相互依存関係は国土全体にわたつて急速かつ広範囲に波及している。このような事態は、ひと昔前には考えられなかつたものであつて、国が国民経済全体を見通しながら、全国的な尺度での計画・施策を立案・実行していくことが不可避的に要求されてきている。

かかる経済社会の変化に即応して、地方自治の組織・内容もまた、次第に変ぼうを迫られていく面があることを否定し得ないであろう。したがつて、地方公共団体に対して、国から独立した固有の自治権を承認するという考え方は、そのことにより、必然的に割拠的な地域社会を招来する契機となり得るという点において、既に現実的基盤を喪失しているというべきである。

(エ) 憲法九二条の文理自体からも、固有権説には問題がある。すなわち、憲法九二条の文言自体、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、……法律でこれを定める」とあるとおり、地方自治の組織・運営に関する定めを「法律」(国会において制定されるところの、形式的意義における法律のことにほかならない。)に留保している。このような規定の仕方からみても、文理解釈上、同条が、地方公共団体に、固有の、すなわち国から独立した自治権を措定したことは考えにくいところである。

(オ) 更に、地方公共団体の課税権については、以上に加えて、租税法律主義を定めた憲法八四条及び国民の納税の義務を定めた憲法三〇条との関係を考えなければならない。

すなわち、まず同法八四条は、租税一般(いわゆる国税・地方税を問わない。)について、「代表なければ課税なし」との、近代法における大原則を定めたものであり、同法三〇条は、結局において同趣旨のことを国民の義務という側面から規定したものと解されるところ、これら条項でいう「法律」は、いずれも国会制定法の意味(したがつて、地方公共団体の条例を含まない。)と解すべきである。それは以下の理由による。

第一に、租税は、事の性質上、国土全体にわたり、できる限り統一的なものとして定められることが望ましいからである。もしも、これに反して、税目、税率等課税の有無・内容が地方公共団体の区域が変わるごとに全く区々ばらばらであるならば、国全体の社会経済的交流は著しく阻害され、近代以前の割拠的社会に退行することとなるであろうことは、容易にうかがわれるであろう。

第二に、税源配分の問題がある。すなわち、およそ経済学的に見るとき、課税対象として適当な税源となるべき財貨にはおのずから制限があり、この限られた財貨を、一方は国家財政の需要に充てるべく、他方は地方財政の需要に充てるべく配分することとなる。一方の税源把握の増大は他方の減少に必然的に響かざるを得ない。このような税源の有限的性格を考えれば、国家が国家的見地に立つて国と地方公共団体間の税源配分をする「自由な手」を留保すべきことは、当然のことといわなければならないであろう。

更に第三に、憲法の文理解釈からいつて、「条例」と「法律」は明らかに区別して使用されていると解されるからである。

(三) 以上述べたところから明らかなように、原告が電気ガス税について憲法上固有の課税権を有するとの主張は、認められるべくもなく、現行憲法下においては、地方公共団体は、「法律」たる地方税法によつてはじめて課税権を与えられ(同法二条)、納税者住民に対する関係では、条例を制定し(同法三条、これを「地方税条例主義」という。)、これにより課税権を行使することができるという理解が正当というべきである。

2  本件非課税措置は、地方自治の本旨に反しない。

(一) 日本国憲法は、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」こととしている(憲法九二条)。

憲法が、このような地方自治の制度を設けたのは、国から多かれ少なかれ独立した地位を有する地方公共団体の存在を認め、この団体が、原則として国の監督を排除して、その処理を住民の意思に基づいて行うことにより、民主主義の徹底をはかろうとしたものである。しかしながら、他方、地方公共団体も、国家の統治体制の一側面にほかならず、各地方公共団体相互の間及び地方公共団体と国との間には、不可分の連関関係がある。したがつて、いかに地方公共団体に国からの独立を認めるといつても、その独立は文字どおり完全なものになることはできず、国の監督から完全に独立した地方公共団体というものは、ことの性質上、考えられない。特に、交通機関又は通信機関の発達、その他社会生活の進化とともに、各国民の生活圏の範囲は、地域的に広くなる傾向があり、その限度において、古典的な「地方自治」は次第に修正されざるを得ず、また、国家が自由国家から福祉国家へ進化するとともに、経済資源の能率的、総合的な確保利用が強く要請されるに至つているから、国家的観点からの施策が必要とされる。

このように、地方自治の本旨がいかなるものかは、いかなるものを地方公共団体として認め、それにいかなる程度の自治を認めるかも含めて、国家が、その国の歴史的条件、政治的条件、社会的条件を総合して、決定すべき立法政策に大幅にゆだねられるべきものである。したがつて、国会の制定した法律が住民自治、団体自治の余地を極端に侵害する場合等は別として、法律に定める地方自治の具体的な内容は、一般的には、立法裁量の当否の問題であり、違憲の問題を生ずることはない。

このことは、地方財政の問題についても同様である。すなわち、地方自治の問題は、単に、地方行政が国の介入を排して行われるとともに、これと表裏の関係にある地方財政についても、原則として自主制が認められるべきである。

しかし、このような地方財政の自主制をいかなる程度において認めるかは、当該地方公共団体がいかなる程度において自主行政が認められるかと表裏の問題である。したがつて、かかることは、当該地方公共団体の有している財政的基礎の全体と地方公共団体の行うべき行政に要する財政需要を総合して判断した上、当該地方公共団体が地方自治を極端に否定されていると認められる場合は別として、一般的には、国の最高機関である国会がその裁量により決し得る問題である。

(二) 原告は、本件非課税措置が地方自治の本旨に反するというが、地方自治の本旨に反するか否かは、財政需要と財政的基盤とを総合した判断であり、財政的基盤の一つをとり上げて地方自治の本旨に反するか否かを論ずることは主張自体失当である。例えば、地方公共団体の財政的基礎についても、現行法上、次のような多様な方法で確保されている。すなわち、地方自治法は、地方団体はその経費に充てるため、地方税(二二三条)、分担金(二二四条)、使用料(二二五条)、手数料(二二七条)を徴収することができると規定し、一定の場合には地方債(二三〇条)を起こすことができると規定している。これに加え、一定の場合には、国庫支出金が支出される(地方財政法一六条、一七条)ほか地方団体の財源の偏在を是正し、地方団体の行う行政が一定の水準を確保できるようにする制度として、地方交付税法に基づく地方交付税制度がある。この制度は、各地方団体の財政需要及び財政収入を合理的に測定し、財政需要額が財政収入額を超える団体について、その超過額を補てんすることで地方団体の財源を保障しようとするものである。このような地方交付税の配分にあたつては、電気税の非課税規定についても、このような非課税規定があることを前提として当該団体の税収入を見積つた上で算定されるのであるから、一定水準の行政内容を確保するに足るだけの財源は保証されている。このような地方財政制度の下において、具体的にいかなる財政運営を行うかは、原則として、各地方公共団体の自主性にゆだねられているものである。

結局、地方自治の本旨として財政的自立権が認められるということは、各地方公共団体に対し、どのような型でその収入をはかるべきかまで規制するものではない。財政的自立権を与えるために、どのような租税を地方税とするか、その地方税目の中にいかなる非課税措置を設けるかは、すぐれて立法政策の問題である。地方税法は、本件非課税措置等に該当しないものにつき、電気ガス税を課し得ることとして、地方団体の収入源となし得ることにしたのである。

原告においても、このような総合的な財政収入の下に、その行政を現に営んでいる。特に、地方自治の中心であると考えられる地方議会の存在、地方公共団体として独自に行いうる事務の存在は、確保されているのであり、憲法上違憲といわれるような余地は存しないのである。

3  本件非課税措置は憲法一四条に違反しない。

憲法一四条は「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と規定している。

原告は、本件非課税措置が憲法一四条に違反する理由として、かかる非課税措置により、企業間及び特定企業と個人との間に合理的でない差別を生じている、と主張する。

ところで憲法は、租税の分野について、国民の納税義務を宣言するにとどまり、その内容は、法律の定めるところに大幅にゆだねている(憲法三〇条)が、そもそも、租税は、国家の営む諸活動の財政的基盤をなすものであり、近代国家が国民の生命、身体、財産等の保護を目的として形成されていることからいつて、租税は社会共同の費用の負担部分と観念されるべく、国民は国家の行う公共サービスの消費者であるから、公共サービスの態様、水準並びにその報償である租税の内容の決定は、すべて国民代表による選択に委ねるのが相当である。そして、今日の財政政策は、国民経済政策、社会政策の一環として、経済の安定成長、所得や富の再分配等の機能をも担うべきものとされ、その内容決定における立法府の裁量はきわめて広汎なものとならざるを得ない。

以上のとおり、租税体系は、景気の動向、経済の構造、国民所得の分配の状況、国民生活の状況、その時々の産業政策等々多数の不確定要素を総合考慮してはじめて樹立し得るものであり、極めて流動的な要素をもつものである。したがつて、どのような租税体系を組むかは、一応立法府の合目的的な裁量に委されておりその判断は当不当の問題として政治問題となることはあつても、直ちに違憲の問題を生ずることはない。

右述の次第で、租税法において、憲法一四条の問題を生ずる余地があるとしても、それは一見明白に不合理であり、立法府の裁量の範囲を逸脱していると認められる場合に限定されるべきである。

更に、本件非課税措置が、合理的な根拠をもつ立法であり、その合理性が現在においても失われていないことは、次項に述べるとおりである。

4  本件非課税措置には合理性がある。

(一) 政策目的自体の合理性

地方税法四八九条一、二項(昭和四九年法律第一九号による改正前のもの)は、産業用電気について、非課税措置を定めたものである。右非課税措置は、国民経済及び国民生活の安定を確保する見地に立つて、原料課税を避けるために、換言すれば、原料コストを引き下げるためにとられた措置である。

すなわち、電気ガス税は、電気及びガスの使用を通じて使用者に担税力を見いだし、これに着目して課税する、いわゆる消費税の一種である。わが国産業の基礎的製品(鉱物を含む。)を製造ないし掘採する重要基幹産業又は新規製品を製造することとなる重要産業に対する課税については、電気ガス税が原料課税となり、製品価格に転嫁することを避ける必要がある。そこで、これらの製品の製造又は掘採に使用する電気については非課税とし、国民経済及び国民生活に影響を及ぼさないよう配慮しているものである。

国としては、産業用電気にかかる電気ガス税の非課税品目は、重要基幹産業又は新規重要産業にかかる製品のうち、製品コスト中に占める電気料金の割合がおおむね五パーセント以上のものを指定することとし、この基準に照らして絶えず、非課税品目の見直しを行つているものであり、昭和四八年度以降も、焼成りん肥(昭和四八年度)、石こう、ウラン鉱、砂鉄等二四品目(昭和五〇年度)、鉄鉱、マンガン鉱等八品目(昭和五一年度)が、右の基準に照らして整備・削除されている。

このように非課税規定を設けることにより、基礎資材のコストを下げ国民生活に必要な多くの製品の価格を下げることになり、これによつて、電気ガス税が原料課税になることを避けることができるものである。

(二) 他の経済政策の手段との対比

今日の国民経済においては、国家が、代表民主制のもとで統合・承認された一定の政策目的に沿つて、いわゆる経済政策を積極的に推進していくことが不可避的に要求されている。

国税を中心として、租税を経済政策の手段として利用する場合があることはいうまでもないが、地方税にあつても、税の性格からこうした配慮がなされることが必要な場合がある。

地方税法四八九条一項、二項に定める電気ガス税の非課税措置は、まさに、経済政策の租税面(地方税)における一つの現われである。

ところで、経済政策の手段としての租税については、次の点を留意する必要がある。すなわち、他の政策手段との比較である。経済政策の手段としての租税は、一応、租税重課措置の形式をとる場合と、反対に、租税優遇措置の形式をとる場合がある。前者の場合の代替手段としては、行政取締法規による規制・制限(過料等を定めることを含む。また、例えば、農地法等の立法にみられるように、取引行為の私法的効力の有無までも左右する場合がある。)がある。後者の場合の代替手段としては、補助金・奨励金等すなわち金銭贈与の方法と、財政金融(政府関係金融機関による政策融資等)すなわち消費貸借の方法が考えられる。本件にかかる電気ガス税の非課税措置は前記の如く、消費税としての電気ガス税について原料課税を避けるために設けられているのであるが、仮に右非課税措置を、前記の租税優遇措置の一種であるとして検討すれば、その代替手段としては、さしあたつて金銭贈与及び消費貸借の方法等が考えられよう。

そこで、租税優遇措置と金銭贈与及び消費貸借とを比較すると、本件非課税措置の政策目的である原料課税回避、換言すればコストの引下げとの関連でいうならば、当該目的に対して最も合目的的な政策手段は租税優遇措置であることを認めざるを得ないであろう。

それは、まず金銭贈与についていえば、非課税措置の場合は原価計算に明確に反映するのに対し、金銭贈与の場合は、その点明確でない。すなわち、単なる金銭贈与自体では、直接コストの引下げに寄与しにくいことは否めない。そこで、金銭贈与によりコストの引下げを有効に実現するには、一方で原料販売価格につき、一連の統制立法をなすとともに、これにより経済計算を度外視して統制された原料販売価格に対する価格調整補給金として金銭を贈与する方法をとるほかない。しかしながら、このような統制立法を前提とするような経済政策は、それ自体、自発的な経済活動を阻害する結果となるばかりでなく、行政手続も徒らにはんさとなることは避けられないところである。

一方、消費貸借についていえば、それ自体ではコスト引下げに寄与しないことは自明のことであろう。

5  本件には国家賠償法が適用されない。

(一) 行為主体について

(ア) 原告は、本訴における違法行為として内閣及び国会が本件非課税措置を規定する立法をなしたこと及び右各機関が同立法を廃止しなかつたことをあげる。原告が違法行為として主張するのが国会及び内閣の誰のいかなる行為であるかにつき具体的特定を欠くものであり、原告の請求は、この点において、既に、主張自体失当である。

(イ) また、ある法律を立法すること又は法律を改廃することは、国家賠償法の対象となりえないものである。

そもそも国会は、全国民を直接代表する議員によつて構成された国権の最高機関であり、かつ、唯一の立法機関であつて、こと立法に関しては、立法するか否か、その範囲、内容、方法等を決定するにつき広範な裁量権を有するものであるから、その政策的・技術的考慮に基づく裁量が裁判所によつても最大限に尊重されるべきである。本件におけるように特定の立法をしたことないしは法律を改廃しない不作為までも違憲・違法としてこれに基づく損害賠償請求を許容することは、正に国会固有の立法についての裁量権にまで立ち入ることになり、三権分立の原則に反する結果になることは明らかである。また、法律案は、議院に発議ないし提出されると、原則として委員会に付託され、これについて趣旨説明、質疑、討論、必要に応じて公聴会の開催、参考人の意見・証人の証言の聴取等が行われ、これに対する修正案があるときはそれも審査された上、委員会の表決に付された後、当該法律案は本会議に上程され、本会議において、委員長の報告、少数意見者の報告、質疑、討論、修正案の審査等を経て、表決に付され、更に他の議院において同様の審議を経由して表決されるという慎重な審議を尽くした結果、法律として成立するのである。したがつて、このような過程を経て成立する法律の立法行為について、過失責任である国家賠償責任を問題にする余地は全くないものというべきである。

このことは、憲法及び国家賠償法が当然の前提とするところである。すなわち、国家賠償法一条一項は、本来違法行為を行つた公務員が負うべき損害賠償責任を国又は公共団体が代わつて負う旨、すなわち、代位責任を規定したものと解するのが相当であるが、代位責任説によれば、国の賠償責任が成立するためには、当該公務員について民法七〇九条所定の不法行為の成立要件を具備しなければならないのであつて、当該公務員について何らかの免責事由が存すれば、国も免責されることになるのである。ところが国会議員は、憲法五一条により、法律案に関し賛否の表決をしたことについて、たとえそれが違法なものであつてこれにより他人に損害を与えた場合でも、その表決に加わつた国会議員が損害賠償責任を負うことはないのである。

また、国会議員において右のとおりであるから、立法権能を有さない内閣においては、なおさら立法行為についての責任を負うべき筋合はない。

してみると、仮に、国会議員ないし内閣の構成員が違法行為に当たる表決あるいは法律案の提出を行い、他人に損害を与えたとしても、そもそも国が代位して負うべき当該公務員の損害賠償責任が発生しないのであるから、国が右表決による損害賠償責任を負う理由はないというべきである。

(二) 保護の対象について

(ア) 旧憲法下の「国家無責任の原則」の下においては、行政作用による私人に対する侵害については、民法諸規定の解釈を通じて救済されるのみであつたところ、これには限界があつたことが深く反省された結果、憲法一七条において、一般的、包括的に公務員の不法行為による国民個人の権利利益に対する侵害について国及び公共団体の賠償責任が肯定されるに至つた。憲法一七条は、これが憲法第三章の「国民の権利及び義務」の中に掲げられていることからも分かるとおり、国民個人の権利利益を保護、救済する目的で制定されたものであり、国家賠償法はかかる憲法一七条の趣旨を受けて、被害者たる国民個人の基本的人権の擁護を図るために立法されたのである。要するに、憲法一七条及び国家賠償法を制定するに当たつて目的とされたことは、まさしく国民個人の権利利益の保護ということであり、それを超えて統治権たる性格を有する権利というような一般公益に係る権利・利益を国による侵害から保護するということは全く立法趣旨の範囲外のものであつたものである。地方公共団体の自治権及びその一内容としての課税権のごとき統治権たる性質を有する権利は、憲法一七条及びこれを受けた国家賠償法の保護しようとする利益ではあり得なかつたのである。

更に、国家賠償法一条において、「違法」の概念を採り入れた事情を同法制定に係る国会審議の経過から見れば、立法者は、被侵害利益の範囲・内容について、民法(七〇九条)に関する当時の解釈論の到達点をそのまま踏襲し、その基礎の上に立つていたことが明らかであるが、そこでは統治権たる課税権といつた一般公益的なものは考えられておらず、国家賠償法が新規にこれら被侵害利益の範囲にとり込んだと解釈すべき合理性は何ら存在しない。

以上のとおり、地方公共団体の課税権は憲法一七条及び国家賠償法による保護の対象ではなく、同法一条の被侵害利益には含まれないというべきである。

(イ) 国家賠償法一条でいう「他人」とは、当該の加害公務員とその加害行為により国家賠償責任を負担すべき国又は公共団体を除くすべての人(自然人・法人)と解してよいとされている。その限りで地方公共団体も同条による損害賠償請求をなし得る場合があることはもちろんである。

しかしながら、前記のとおり憲法一七条及び国家賠償法の保護対象は国民個人の権利利益であることからすれば、統治権たる権利(課税権)行使の主体としての、換言すれば公権力行使の主体としての立場における地方公共団体は、その立場においては憲法一七条の「何人」及び国家賠償法一条の「他人」には該当しないものといわなければならない。

第三  証拠<省略>

理由

一電気ガス税は、電気又はガスの消費に担税力を見出し、その料金を課税標準として使用者に課するいわゆる消費税である。

それはまず昭和一七年電気瓦斯税法(法律第五八号)により国税として創設されたが、昭和二一年に廃止された。当時の電気瓦斯税は、住宅、商店、劇場等における電気又はガスの使用について他の消費税との均衡から応分の負担を求め、かつ消費の抑制に資するという見地から、料金が一か月三円以上のものに対し、その一〇〇分の一〇の税率により課税するものであつた。その後相当数の地方公共団体において法定外独立税として電気ガス税が賦課徴収されていたことは当事者間に争いがないが、昭和二三年(旧)地方税法の全面改正(法律第一一〇号)により道府県の独立税として電気ガス税が設けられ(同法四六条)、市町村はこれに付加税を課することとされた(同法九九条)。ついで昭和二五年現行地方税法が制定され(法律第二二六号)、道府県税としての電気ガス税は廃止されこの分をも合わせて市町村の普通税とされた。なお、電気ガス税は、昭和四九年法律第一九号による地方税法の改正において電気税とガス税とに分離されるに至つた。

原告大牟田市においては、昭和二五年九月九日大牟田市市税条例(条例第三三号)を制定し、電気ガス税(但し、昭和四九年条例第五四号により電気税とガス税に分離された。)を賦課徴収している。

二電気ガス税は、電気又はガスを消費する者である限り、使用者のいかんを問わず課せられ、いわゆる人的非課税措置は採られてきていないが、一定の用途に供される電気又はガスの消費に対しては、これに課税することの国民経済等に与える影響を考慮して非課税とされてきた。

特に産業用電気の消費にかかる電気ガス税についての非課税措置は、昭和一七年電気瓦斯税法においても「農業(畜産業、養蚕業及林業ヲ含ム)、水産業、鉱業(砂鉱業及土石採取業ヲ含ム)、工業(土木建築業、電気供給業、瓦斯供給業及水道業ヲ含ム)、交通業又ハ倉庫業ヲ営ム者ガ命令ノ定ムル所ニ依リ其ノ業務ノ用ニ使用スルモノ」については非課税とされていたが(五条)、昭和二三年地方税制改正により設けられた電気ガス税及びその付加税については、法律第一一〇号八九条五項及びこれをうけた政令第一九八号一五条により一八品目の生産に直接使用する電気については課税しないものとされ、ついで昭和二五年の現行地方税法においても、その四八九条一項において三五品目の製品等を掲げその製造等に直接使用する電気に対して非課税措置が規定された。その後非課税品目については変遷があり、今日に至るまでほぼ毎年追加又は削除されてきているが、昭和四八年度においてはその数は石炭、鋳鍛鋼、亜鉛地金等およそ一三〇品目に及んでいた(地方税法四八九一項、二項)。

三ところで、<証拠>によれば、いずれも大牟田市所在の三井石炭鉱業株式会社三池鉱業所、三井東圧化学株式会社大牟田工業所、三井アルミニウム工業株式会社三池事業所、電気化学工業株式会社大牟田工場及び三井金属鉱業株式会社三池製煉所において、昭和四八年度に消費された電気量のうち地方税法四八九条一項、二項によつて非課税とされた電気量及びこれに対する料金の各合計は、ほぼ別表2の非課税電気量及び非課税料金各欄のとおりであることが認められるところ、右料金に昭和四八年度における電気ガス税の税率(昭和四八年九月三〇日までに使用した電気については七パーセント、同年一〇月一日以降のものについては六パーセント)を乗ずれば、非課税電気使用量に課税した場合の税額は別表2課税額欄のとおり五億六四二四万一〇〇〇円となる。

四以上のとおりであるところ、原告は、前記非課税措置(地方税法四八九条一項、二項)は違憲であつて、これを立法し又は改廃しなかつた国会又は内閣の違法行為により原告固有の課税権を侵害され、その結果前記金額と同額の損害を蒙つたとして国家賠償法に基づき被告に対しその一部を請求している。そこでまず、原告が侵害されたと主張する「固有の課税権」につき検討を加えてみることとする。

1  憲法九二条は、「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」と規定するが、これは憲法がその実現すべき理想の一つとして掲げる民主主義を徹底するために、地方公共団体に関する一般的な原則として、凡そ地方公共団体とされたものは、国から多少とも独立した地位を有し、その地域の公共事務はその住民の意思に基づいて自主的に行われるべきであるという政治理念を表明したものと解せられる。すなわち、地方公共団体の組織及び運営に関する事項を定める法律は、右の意味で地方公共団体の自治権を保障するものでなければならない。そして地方公共団体がその住民に対し、国から一応独立の統治権を有するものである以上、事務の遂行を実効あらしめるためには、その財政運営についてのいわゆる自主財政権ひいては財源確保の手段としての課税権もこれを憲法は認めているものというべきである。憲法はその九四条で地方公共団体の自治権を具体化して定めているが、そこにいう「行政の執行」には租税の賦課、徴収をも含むものと解される。そこで例えば、地方公共団体の課税権を全く否定し又はこれに準ずる内容の法律は違憲無効たるを免れない。

2  しかし、憲法九四条、基本的には九二条によつて認められる自治権がいかなる内容を有するかについては、憲法自体から窺い知ることはできない。そもそも憲法は地方自治の制度を制度として保障しているのであつて、現に採られているあるいは採らるべき地方自治制を具体的に保障しているものではなく、現に地方公共団体とされた団体が有すべき自治権についても、憲法上は、その範囲は必ずしも分明とはいいがたく、その内容も一義的に定まつているといいがたいのであつて、その具体化は憲法全体の精神に照らしたうえでの立法者の決定に委ねられているものと解せざるをえない。このことは、自治権の要素としての課税権の内容においても同断であり、憲法上地方公共団体に認められる課税権は、地方公共団体とされるもの一般に対し抽象的に認められた租税の賦課、徴収の権能であつて、憲法は特定の地方公共団体に具体的税目についての課税権を認めたものではない。税源をどこに求めるか、ある税目を国税とするか地方税とするか、地方税とした場合に市町村税とするか都道府県税とするか、課税客体、課税標準、税率等の内容ないかに定めるか等については、憲法自体から結論を導き出すことはできず、その具体化は法律(ないしそれ以下の法令)の規定に待たざるをえない。

3  そこで、地方自治法は「法律の定めるところにより、地方税を賦課徴収」することを地方公共団体の事務として例示し(二条三項二一号)、その事務に関し普通地方公共団体は法令に違反しない限りにおいて、条例を制定することができる旨規定し、また地方税法も「地方団体は、この法律の定めるところによつて、地方税を賦課徴収することができる。」(二条)、「地方団体は、その地方税の税目、課税客体、課税標準、税率その他賦課徴収について定をするには、当該地方団体の条例によらなければならない。」(三条一項)と規定して、地方税の内容が、第一次的には法律により具体化されること及び第二次的にはこれによつて許容される限度において地方公共団体は条例でその内容について定めることを妨げないことを明らかにしたうえ、地方税法は、第一章「総則」で地方税についての通則的規定を置いたのち、その四条、五条にそれぞれ列挙された道府県税及び市町村税の各税目について、第二章以下で細目的な内容を個別的に定めている。そして、本件の電気ガス税については、地方税法五条二項において市町村の普通税として掲げられ、その第三章第五節「電気ガス税」において納税義務者、課税標準等の具体的内容(本件非課税措置も含め)が定められている。すなわち、電気ガス税という具体的税目についての課税権は、地方税法五条二項によつて初めて原告大牟田市に認められるものであり、しかもそれは、同法に定められた内容のものとして与えられるものであつて、原告は地方税法の規定が許容する限度においてのみ、条例を定めその住民に対し電気ガス税を賦課徴収しうるにすぎないのである。

4 原告が、本件において被侵害利益として主張する「原告固有の課税権」の意味内容は必ずしも十分明らかとはいえないが、これを叙上の考察にあてはめて考えてみると、若し原告主張の課税権が、「地方自治の本旨」から導かれる抽象的意味における憲法上の課税権を指すのであれば、かかる内容の課税権を理由に原告主張のごとき損害の賠償を請求するのは失当といわざるをえない。すなわち、憲法上地方公共団体とされるもの一般に認められた抽象的意味における課税権は、具体的な税目についての課税が法律上一部禁止されたからといつて、右課税権の侵害として、当該禁止にかかる得べかりし税収入を直ちに原告の損害であるとして賠償を求めうる性質のものではないからである。

本件において原告は、その蒙つた損害の内容として、まさに電気ガス税についての非課税措置がなかつたならば賦課徴収しえたはずの税収入の喪失を主張しているのであるから、これとの関連からいつて、原告において主張さるべき課税権は、右非課税措置がなかつたならば賦課徴収しえたはずの税すなわち電気ガス税それ自体についての課税権であるべきである。そうすると、原告主張の課税権は、地方税法によつて認められた具体的な電気ガス税にかかる課税権と考えざるをえないが、しかしかかる課税権は、前示のとおり同法の規定によつて初めて認められるものであり、かつその内容も同法の許容する範囲に限られるものであるところ、同法自体が電気ガス税についての非課税措置(本件非課税措置)を設けているのであるから、原告は、もともと、地方税法上の具体的な電気ガス税についての課税権としては、本件非課税措置によつて除外される以外の電気の使用についてのみ課税権を有するものといわざるをえない。そうすると、原告が主張するような、「本件非課税措置により侵害される課税権」、つまり右非課税措置の範囲内の電気の使用に対する課税権なるものは、そもそもありえない道理である。たしかに電気又はガスの消費に課税することは、税源が全国的に分布し、その税収入に安定性があるなどから、地方税として当を得たものと思われるが、しかしだからといつて具体的な税目としての電気ガス税が地方税しかも市町村税として憲法上保障され、かつこれを法律上制限することが許されないと解することはできないのであつて、このことは前記2、で述べたところから多言を要せずに論結されるところである。

五以上の次第であつて、原告がその侵害により損害を蒙つたと主張する課税権なるものは、原告の本件請求を基礎づけるに足りないものであるか又はもともと認められないものであるから、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求はこれを失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(柴田和夫 綱脇和久 林田宗一)

別表1

電気ガス税年度別資料

年度

A 課税額

B 非課税相当額

C 非課税歩合

(B/A+B)

D (B)のうち

地方税法489条1,2項相当額

E 左の非課税歩合

(D/A+B)

千円

千円

千円

45

52,299

313,667

85.71

305,754

83.54

46

58,456

483,429

89.21

455,428

84.04

47

71,448

608,362

89.49

572,474

84.21

48

67,598

602,348

89.91

564,241

84.22

49

119,513

953,948

88.86

900,550

83.89

369,314

2,961,754

88.91

2,798,447

84.01

別表2

昭和48年度 地方税法489条1項,2項による非課税額

税 率

非課税電気量

非課税料金

非課税額

備 考

KWH

千円

千円

7%

1,280,197,834

4,915,761

344,103

昭和48年3月から

同年9月まで

6%

956,674,797

3,668,968

220,138

昭和48年10月から

昭和49年2月まで

2,236,872,631

8,584,729

564,241

別表3

非課税額内訳

(地方税法489条1項)

品   目

非課税額

千円

1

石  炭

70,961

2

鋳鍛鋼

4,456

6

亜鉛地金

23,761

8

アルミニウム

294,496

9の2

合金鉄

31,312

10

人造電極

2,378

11

苛性ソーダ

53,896

13

硫安,化成肥料石灰窯素

6,149

14

カーバイト

60,182

17

酸  素

5,565

18

セメント

3,755

21

硫  酸

5,841

小 計

562,752

(同条2項)

品  目

非課税額

千円

1

無水マレイン酸

1,489

千円

合  計

564,241

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